The Japanese Society for the Study on Teacher Education

参考資料

目次

日本教師教育学会 『研究倫理規定を考える公開研究会』 報告

公開研究会における報告より

 

日本教師教育学会 『研究倫理規定を考える公開研究会』 報告

報告者:幹事 小田郁予

研究倫理規程の重要性

会則の改正に先立ち「研究倫理規定を考える公開研究会」が開催された(担当:紅林伸幸理事)。当日は蔵原清人会員(工学院大学名誉教授)、羽野ゆつ子会員(大阪成蹊大学)、長谷川哲也会員(岐阜大学教育学部)の3名をお招きし、研究倫理規定策定の意義や活用上の課題を一般参加者(19名)らと共有した。登壇者各々が持つ他学会での倫理規定作成の経験や、教師教育過程での倫理審査の内情、査読者の視点から見た研究倫理遵守の現状などが共有され、発表後はフロア参加者も含めて研究倫理遵守、教師教育研究の発展に向け積極的な議論がなされた。

 議論の中で確認されたことは以下の2点で、一つには研究の質を保証する為の倫理規定であることが共有されるべきであること、二つにはその実現のためにこうした情報の公開や学びの機会を広く提供していく事の必要性があることである。学会員は研究者として真理を擁護し普及する、という社会からの期待に応える責務を負っており、適切な手続きの下で研究を行ううえでこの研究倫理が不可欠となる。それは有事には責任転嫁や不当な批判から自分自身や研究を守ってくれるものである上、社会一般の人が知り得ない専門家としての知を提供する研究者としての責務を果たすことにも繋がるものであるからである。本会では実際に研究倫理を遵守し研究を遂行する上での大学内部での困難や課題、論文の査読等を通して見えてくる研究の質低下懸念なども共有されたが、倫理規定遵守の意義を改めて確認した上で、挙げられた課題に一つ一つ学会全体で取り組んでいくことが重要となろう。

 

公開研究会における報告より

今求められる教師教育の研究倫理

 蔵原清人(工学院大学名誉教授) 

どの分野でも研究者の倫理の問題が取り上げられるようになった。これは研究者を監視し不正に対して罰を与えるという視点からのものではない。研究に当たって正当な手続きを踏むこと、それを社会に公表することで研究を促進させ、研究者を守る役割がある。

日本ではこれまで医学や工学などの応用学で問題になってきたものの、社会科学・人文科学分野では十分ではないように思う。教育学では研究は実践と深く結びついており、全ての学会員が研究者としての自覚を持っているとはいえないのではないか。実践と研究は深く結びついているものの、実践を主としていたとしても新しい知見を世の中に提示する活動は研究と言うべきではないか。その意味で教育関係諸学においても研究倫理問題は重要な課題であるといわなければならない。

 

1、なぜ今、倫理問題がとりあげられるか

21世紀になって人権、差別などに関する認識が世界で急速に深化してきている。各個人や民族は平等であり、平和のうちに共存しその存在が認められる。また互いに協力し合い、相互に尊重されるべきである。こうした認識に立って研究の世界でもその活動の仕方を見直すことが必要になっている。

これとともに、科学が重用されることにより学問研究や科学が現実的利益を生み出す機会が広がりこれと関わってさまざまな不正もあらわれてきている。これでは学問研究における「真理の探究」が揺さぶられ、科学だけでなく社会的に損害が生まれかねない。

今、科学における不正をなくし、科学を、真理を追究するものとして発展させるかいなかが、人類の運命を大きく左右することになるという認識が求められている。研究において倫理問題を注目することはいわば科学者として「身を正す」ことであるが、そのために研究活動を消極的にするものになってはならない。倫理問題をとりあげることが研究者を励まし、研究を推進するものとならなければならないだろう。

 

2、倫理問題の前提――現代社会というものをどうとらえるか

 現代社会のとらえ方についてはここでの主題ではないので、私見を簡単に述べたい。

① 個人を基礎とした市民社会であること 個人・民族の独立・平等・その文化の尊重が必要であるとする人権問題の21世紀の到達点を基準とし、その上に立って判断することが必要である。

 地球上の人間はすべて市民として互いに対等平等である、互いの人格・人権を尊重する、相互協力・共存をはかる、権力や財力などの力によって相手を支配しようとしないこと等が重要であろう。具体的には、男女差別、民族差別などの差別を(助長)しないこと、ものの見方・考え方が多様にある社会として他に寛容であることとともに、自らの意思に基づき他からの不当な力によって自説を曲げない勇気が必要であろう。

② 研究者として固有の問題として次の認識が重要ではないか。この社会で研究者として存在が許されることは真理の探究を行う者として社会が期待しているからである。この期待を自らの責務として引き受けた者が研究者である。

真理の探究者としての責任や研究の対象・データ等提供者に対する配慮等についてはワーキング・グループが発表した倫理規定(案)にも詳しく述べられている。

③ 特に教育を研究するものとして次のことに留意すべきである。

 教育に関する真理の探究は研究室だけですすめられるものではなく、教育実践の中でもすすめられている。これには教育行政も含まれる。教育に関する真理は、単に学説の論理的整合性だけではなく、社会総体の実践を通して明らかになることに十分留意しなければならないのである。

教育は理論的に正しくとも、その社会的結果(効果)があらわれるにはしばしば数十年かかる。それゆえ理論が正しくなければその間、その理論に基づいた教育を受けた子どもたちは被害を受けることになる。研究成果を実際教育に利用(応用)するにあたっては特に慎重でなければならないだろう。

 現代の教育は政府の政策に取り入れられて実施されることが多い。特に制度として実施する場合には政府の関与が避けられない。2006年に改正された教育基本法では17条に、「政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の施策についての・・・基本的な計画を定め」るとして、政府の教育への関与が法律上認められた。

それ故、教育政策が教育にどこまで踏み込むか、またその内容が科学的で真理に基づいているかが教育に大きな影響を与える。政策によって支持された結論に依拠して研究をすすめる場合、そうしてよいかどうか慎重な対応が必要となろう。また、教育は国民全体に関わる事柄である。それゆえ国民の自己決定権をどう尊重するかは教育政策の決定においても重要な課題となる。教育政策を政府の考えだけで決定するのではなく、国民の意見を十分踏まえるべきであろう。こうした点からの検討も倫理の問題として注目しておきたい。

 

3、研究者としての倫理的規範=行動基準

① 教師教育研究に携わるものは、真理の探究者として何よりも不正をしない、不正に加担しないことが求められる。それにはデータや資料のねつ造・改ざんをしないこと、先行研究を適切に評価し、盗用・剽窃をせず出典を明記するなどきちんとした引用をおこなうこと、自分の判断の根拠を明確に示すこと、研究で行き届かない点の留保等が重要であろう。

現代の学術研究は科学研究としておこなわれているが、それは客観的な根拠に基づいて結論を導いていること、第三者がその結論を独立に検証できること、さらに理論的研究は実験(実践)で、実践的研究は理論によって検証されることが必要である。このためには研究の手続きが明確であるとともに、そこで使われた資料(史料、データなど。先行研究を含む)が公開されていること、少なくとも公開される準備がされていることが必要となる。

② また、研究に関わる全ての者に不正を強要しない、周囲に不快な思いをさせない、利害誘導、地位利用をしないことも重要である。研究関係者とは、協同研究者だけでなく資料提供者、アンケートなどの対象者、研究対象となっている現場で活動する実践者などを含む。

 セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、アカデミック・ハラスメントなど権力を乱用しない。これは明示的に指示しなくても相手の思い込みや忖度を利用することもある。学生(学部生、院生、研究生など)に対しても同様である。

③ 研究の成果や真理を広めるとともに社会の不正をただす。研究者は一般の人が知らないことを知っているがゆえに専門家といわれる。それ故、真理を擁護し普及することが社会的に期待されている。また専門家として、悪い結果が見通せる時は黙っていない。こうした社会的な期待を研究者としては義務として受け止めるべきであろう。

 このために研究成果を発表・普及する(学会発表、論文公表、出版、講演、放送など。インターネット公開を含む)、学問的議論、意見交換を積極的に行う(学問の先達としての敬意とともに)、利益相反をしない(印税、講演料など社会通念の範囲の正当な謝礼や報酬の授受を除く)などが必要である。

 

4、正当性の獲得の手続きと未然防止

 学会、所属機関に倫理審査委員会を設置し、研究活動について事前審査を受けることがまず必要となろう。そのためには学会としてガイドラインを設定する。それに基づいてガイドブックを発行し、啓発のための学習会、シンポジュウム、ワークショップなどを積極的に開催したい。本学会の特徴として、大学院で研究についての訓練を受けていない人が多く入会している点を考慮すべきであろう。このこと自体は教師教育研究の幅の広さを示すものである。高校までの教員の会員は職場で研究倫理に関する審査委員会が設置されていない場合が多く、学会としての対応が必要となる。

会員としては倫理問題についての研修を積極的に受けるとともに自発的な研修を進めることが必要となろう。また学会員は自らが指導している学生をこの面で教育する(卒論・レポートなどで研究活動を行っている)ことも必要である。また研究室に出入りする人々にも啓発を進めたい。

 学会の会則に倫理問題を明記することも必要であろう。

 

5、救済機関の設置と学会としての処置

 倫理問題は単に不正をしない、人を不正に巻き込まないというだけでなく、他の不正に直面しあるいはそれを発見した時放置しないということが必要となる。また不正があるとの告発が虚偽であった場合の救済措置も必要となろう。学会としての可能な不正に対する措置は、不正な学会発表(論文を含む)の取り消し、および不正のあったことの事実の学会内部での公表、除名といったものだろうか。

 救済および学会としての処分のためにはそのための特別委員会を設ける必要があるだろう。常設か、臨時的か、権限はどうするか、どのような性格のものにするかなどは、今後検討すべき課題である。いずれにしても会則の改正が必要となると思われる。

 

6、倫理問題の対応は研究者の身を守る防波堤

 研究を進めるに当たって、資料について客観性を担保することや発表プロセスを含む倫理的手続きを守ることは単に悪いことをしないという消極的な意味にとどまらない。研究上の責任転嫁や悪意のある非難に対して、研究者としての正当性を主張する根拠を前もって用意しておくことでもある。

 既に応用学の分野では開発された新技術が公害を引き起こした場合など、製造者(開発責任者)の責任ではなく直接開発をした技術者・研究者の責任とされかねない場合が少なくない。しかし研究の過程で、問題だと思うことを開発責任者に伝えている事実があれば責任者は別にいることが明らかである。また批判はその根拠となる資料が明確である場合や正しい手続きを行っているならば、批判に対するいわれのない非難を排除することができよう。

 日本では研究倫理の問題というともっぱら「研究者が悪いことをしない」という面から取り上げられているように思われる。不正をしないことは当然であるが、これでは研究者とはすぐに不正をしかねない存在としてとらえられるようになってしまう。研究倫理問題は関係者が気持ちよく研究を進めるとともに、研究成果を発表した時に全ての人に喜んでいただけるために必要なことであろう。さらに研究者がいわれのない非難を受けたり責任の転嫁をされたりすることがないように、研究の手続きをきちんとしていくことを意味するのである。研究がこの社会で必要なものとして社会に受け入れられるようにするために、研究の手続きをあらかじめ決めて周知し、それに従って研究を行うというものであろう。

 

おわりに 研究上の議論を活発に進めよう

 研究は未知のものの探求であるから、慎重に進めたとしても探求プロセスでの誤りが避け得ないだろう。また実証されていない主張は客観的にはあくまでも仮説であるという理解が必要である。これらの点での誤りを少なくするためには研究者同士の専門的立場からの批評・論争が重要となる。学会誌などへの投稿論文に対するピアレビューもその重要な機会である。また集団的研究を進める中で学ぶことも少なくない。

 批評・論争というと、しばしば相手の人格(人物)評価におよび、感情的になることがあるが、そうであってはならない。あくまでも書かれたもの、発表されたものに則して、研究の目的、資料の取り扱い、推論の仕方、叙述の方法、結論の是非等について行われるべきものである。このような批評・論争は研究を活発に進める力となるだろう。

 

参考文献

          蔵原清人「大学と現代社会」  拙著『大学改革と大学評価』2018 晃洋書房 所収

          日本学術会議『科学者の行動規範』(改訂版) 2013

          日本学術振興会「科学の健全な発展のために」編集委員会編

              『科学の健全な発展のためにー誠実な科学者の心得ー』2015 丸善出版

          日本保育学会倫理綱領ガイドブック編集委員会編

              『保育学研究倫理ガイドブック 子どもの幸せを願う全ての保育者

              と研究者のために』 2012 フレーベル館

          世界科学会議『科学と科学的知識の利用に関する宣言』1999

              東京高等教育研究所他編『大学改革論の国際的展開』2002 青木書店 所収

    蔵原清人「なぜ、技術者の倫理が問題になるのか」  

   林他著『技術者の倫理』コロナ社 2006、2015(改訂版)第1章

 


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